過度なコミュニケーションは不要

インターネットは図書館。テレビショッピングがあるならインターネットショッピングもある。航空券を旅行代理店店頭で買う、電話で買う、郵送で買う、インターネットで買う、人からニュースを聞く、ラジオでニュースを聞く、新聞を読む、テレビでニュースを見る、インターネットでニュースを読む。そういう使い方ならインターネットは選択肢の一つと言える。

問題は他人とのコミュニケーション
インターネット時代は毎日SNSで友達と何か対応しないといけない、そんなおかしな事態になった。友人関係を保つために友人のコメントにいいね、何かコメントをする。それも近くにいる友人だけでなく世界中に相手する。結果、我々の日常生活はネット、つまりon lineでつながっている時間が増えた分、何か他の時間を削ることになった。本当に毎日だらだらSNSをする必要があるのか疑問。

海外の友人とつながりたいからインターネットは必須アイテムだと言う人たち
ではインターネットがない時代は海外とのつながりは希薄だったのか?飛行機で海外に行けるようになって100年は経っているが、年一度友人を訪ねに行く、年一度手紙を送るだけでは友人関係を維持できないのか?いやそんな事はない。自分がインターネット時代前に生まれたからこのように考えるのかもしれない。しかし現実に10年前に海外旅行先で知り合えば住所交換が普通だった。今はfacebookだろう。facebookがない時代はemailだったかもしれないがインターネットは確実ではない。それはわかっているのだろうか。メールしたのに返信がない迷惑メールになっていた、パソコンが壊れた、インターネットが使えない環境になった、万能ではない、それどころか脆弱でさえある。一方住所さえわかれば手紙を送れる。住所がわかるからたどり着くことができる。インターネットが進歩したが災害には全く役に立たなかった。残念ながら人を救えなかったのだ。遠くに友人が被害に遭っても助けることはできない でもこれは当たり前だ。インターネットがない時代から変わっていない事実。なのにインターネットがあれば救える何かできると過信している人が多い。被害に遭って必要なのは遠くの友人の同情なのか?いやはっきり言ってそれは迷惑。現地にいる現場の人にしか何もわからない。できることはもし同じような災害に襲われたとき自分の身をどうやって守るか、それだけ考えていればいいのだ。遠くの友人を救おうなどと余計なことしなくていい。